柿本城(愛知県新城市)アクセスと駐車場

【柿本城①】
井伊家家臣鈴木重勝が築城したとされている山城(愛知県新城市)小規模ながら整備が行き届いており、お城の縄張りが分かりやすく残されている。山麓には家康ゆかりの満光寺がある。

車:道の駅鳳来三河三石より徒歩15分(道の駅に駐車可能)
電車:JR本長篠駅よりバスで40分。
今回は愛知県新城市にある柿本城。筆者はツーリングの途中で偶然通りかかったので寄ってみました。調べてみると、井伊家家臣の鈴木重勝築城らしい。愛知県ではあるものの新城は井伊谷がある浜松とは隣に位置する市町村なので納得。

道の駅は、小規模ながら多くのライダーさんが止まっていました。

家康の関係があるらしく、どうやら道の駅の裏にお城があるようです。人はたくさんいましたが、攻城している人はどこにいるのやら…。

ということで、ここから攻城していきます。
【家康ゆかりの地】満光寺

【満光寺】
・天台宗のお寺として始まり、戦火に焼かれた後は曹洞宗のお寺として再興。家康は、武田軍に追われているときに宿泊。鶏の声に命を助けられ、九死に一生を得た(にわとり伝説)その後、助けられた恩で、寺領として3万石を与えたと言います。

三河三石という道の駅の名前は、ここからきているのですね。

また、未だに鶏の子孫が飼われているそう。
この辺には家康が逃げた場所がたくさん残っているんですよね……。武田家にはボコボコにされていますから、リアルな伝承に笑ってしまいました。例えば浜松市天竜区にある光明山にも家康が武田家から身を隠した岩が残っています。

ですが、最後に勝っているのは家康ですから、生き方には学ぶ余地があるでしょう。逃げて逃げても、最後は逃さない。堪え難きを耐え、耐えがたきを忍び。まさにそんな生き方。筆者も見習う必要があります。
閑話休題、筆者はお寺の中には入っていませんが、中には庭園が広がっているそうです。自然豊かでいい場所ですね。

遺構が残る位置までは徒歩で10分程だと思うので、山城だからと言って気に病むことは無いでしょう。整備は行き届いていますから安心してもいいと思います。
柿本城(愛知県新城市)

【柿本城②】
1572年に山県昌景に攻められる。この際は、鈴木重好が和議を結ぶことで最悪は免れる。鈴木家は後に水戸藩に仕える家となる。遺構は、本丸~三の丸・出丸が残っている。各郭を隔てる堀を歩きながら散策が可能。
満光寺から歩いてすぐの場所にあります。山城なので多少の登りは必要ですが、気軽に登ることが出来ました。注目は、出丸と本丸の間の堀と、当時を再現しているであろう木柵です。

木の柵があると、当時のイメージがしやすいですね。

本丸と出丸の間にある堀は、かなり広いです。実際にここを登ってくることになるのですが、上では柵に囲まれた本丸が待っています。そのため、実際に攻めているような感覚で胸が高鳴りました。誰も火縄銃は構えていないので安心してください。

山県昌景もここを登って行ったのでしょうか。

一応築城開始は1568年なのですが、完成したのは長篠の戦いの後だそうです。情勢が一気にひっくり返ることに…。新城と言えば長篠城などもある地域のため、柿本城まで来る人は少ないですかね…。駅チカなのも長篠周辺なので。

本丸以外は草が生い茂っていたので気を付けてください。最近はマダニなんかもバカにできないので。一周15分~20分程度で散策することができると思います。
終わりに

計40分弱で散策を終えました。筆者自身もツーリングの途中でしたので、ちょうどよい休憩にはなりました。小規模の山城ですので、「ぜひともおすすめ!」と言うのは憚られますが、長篠城に遊びに来たついでに訪れてみてはいかがでしょうか?

御城印もあるみたいなのでぜひ
奥三河周辺は自然豊かな場所が揃っているので、ぜひ遊びに来てください。
温泉、歴史、自然なんでもありです。特に井伊家に関わる史跡はたくさん残っているので注目です。
今回はここまで、ありがとうございました。
【関連:周辺観光】
【前回の攻城レビュー】