【幻の城】家康と泉頭城(静岡県清水町)~攻城レビュー㊸~

ーお城巡りー
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家康と泉頭城

泉頭城案内板
泉頭城案内板

静岡県清水町にあるお城跡。元は北条氏のお城として使用されていた。側を柿田川が通り、周辺のお城と連携。伊豆の境目の城として機能していた。後の時代で家康の隠居予定地となっていた。

現在は柿田川湧水公園として整備されている泉頭城ですが、上記の通り家康が隠居を予定していたお城です。ドマイナーなお城ですし、現在は遺構も無くなってしまっているので、知る人ぞ知る幻の城といえるでしょう。

ちなみに、家康が隠居したのは静岡市にある駿府城。こちらは100名城に選定されている静岡県のシンボル的存在ですね。

公園内へ【駿府城】
駿府城公園

県庁所在地がある静岡市の駿府城に隠居なら分かりますが、

どうして家康は泉頭城に隠居しようとしていたのでしょうか?

立派な天守閣(消失済み)と広大な敷地がある駿府城ではなく、初めに伊豆にある小さな廃城が隠居の地として定められていた理由。

今回はその理由を探るため、泉頭城跡改め、柿田川湧水公園に向かいました。


【今回の記事執筆者】

北条なすの
・生粋のオタク系ブロガー。
・ブログ開設2度の挫折を経て、現在もブログを執筆中。

【この記事の焦点】
・家康と柿田川
・泉頭城の概要
・泉頭城がある柿田川公園の様子


泉頭城がある柿田川公園を散策

柿田川公園
柿田川公園

静岡県清水町にある湧水公園。日本三大清流である柿田川が通る公園で、かつては泉頭城があった場所。現在は多くの観光客が訪れる絶景スポットとして名高い。
・アクセス:JR三島駅より徒歩30分。

筆者
筆者

結論、家康が求めていたのは、見事なまでに美しい柿田川湧水

柿田川湧水
柿田川湧水

この青さ。今も一日120万ℓが湧いて出てくる柿田川の湧水はm富士山由来。現在も展望台がいくつか設置されていて、水が湧いて出てくる様子を確認できます。ここまで美しい清流は、私の人生でも見たことがありません。

筆者
筆者

これは家康が惚れるのも分かります。

次に、このお城の背景部分を紹介します。

柿田川
柿田川

こちらは船着曲輪跡より撮影した柿田川です。柿田川を背にお城が形成されていた訳ですが、この柿田川を使用して、周辺のお城と連絡を取っていたようです(北条氏の時代)周辺には戸倉城、三枚橋城などが築かれていました。

筆者
筆者

戸倉城といえば大石氏の居城(東京)も戸倉城という名前ですね。

この泉頭城の最盛期は、北条VS武田の時代でしょう。海を求めて甲斐からやってきた武田家と北条家の全面戦争。駿河湾海戦などが有名な1570年代でしょうね。椅子半島をもう少し降下すると、長浜城(静岡県沼津市)という駿河湾海戦に縁がある城跡なども残されています。

北条家は関東の覇者のイメージがありますが、始まりは沼津市の興国寺城ですからね。その他、周辺には100名城の山中城などもありますので、三島沼津エリアは意外とお城の宝庫。北条家と武田の争いが終わると廃城となったようですが、そこで目を付けたのが家康だったというわけです。

豆腐アイス
豆腐アイス

そして時は流れて現代、家康が目を付けたのは正しかったようで、多くの観光客が訪れるジオスポットとなりました。湧き水を使った料理屋が立ち並び、賑わいある公園で、筆者も楽しかったです。

筆者
筆者

特に豆腐アイスがおいしい。

お城の遺構がうっすらとしか分からないのが残念ですが、頭の中でどういう構造だったかはイメージができました。今あるのは、泉頭城の案内板だけですので、説明を読みながら歩いてみてください。


千貫樋

千貫樋
千貫樋

周辺で見つけた遺構です。

民家の下を流れる湧き水
民家の下を流れる湧き水

伊豆と駿河の境にある樋(遠方に水を送る仕組み)甲相駿三国同盟後に、共同で作られたもの。建設費が千貫だとか、千貫分の価値があるからなどが由来のよう。

三島は湧き水で有名ですから、どこもかしこも富士山から流れ出る湧き水で溢れています。こういう風景を楽しみながら、家康が焦がれたこの地を楽しんでください。


終わりに

柿田川湧水
柿田川湧水

今回は、家康と泉頭城の関係性についてでした。

あまり知られていない城跡かもしれませんが、公園を散策しながら当時の情勢に思いを馳せるのは非常に楽しいですよ。戦が絶えなかった境目の地ですから、家康、武田北条と色んな大名の気分になって散策してみてください。今回はここまで。ありがとうございました。

【関連:周辺の城跡】


今回のマップ

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